大判例

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東京高等裁判所 平成4年(う)828号 判決

被告人 藤井博司

〔抄 録〕

未決勾留日数の不算入の点について検討するに、まず、記録によると、被告人は、平成三年一一月二九日原判示第一の事実で勾留され、右勾留のまま、一二月七日右事実で起訴され、その後保釈を受けることもなく、数次の追起訴を経て、平成四年六月二二日に原判示第一ないし第六の事実につき判決が宣告されるに至つたところ、右判決においては、宣告日前日までの二〇六日(うち起訴後のもの一九八日)に及ぶ未決勾留日数がまつたく本刑に算入されなかつたこと及び被告人においては、右各起訴事実を争わず、いずれも各起訴ごとに一回の審理で証拠調べを了していることが認められる。

このように、本件起訴事実が六件にとどまっており、しかも、被告人において何ら事実を争つていないのに、相当長期にわたる未決勾留日数がまつたく算入されなかつた点に被告人が不満を抱くのも分からないではない。

しかしながら、更に検討すると、当初の受訴裁判所である宇都宮簡裁としては、平成三年一二月七日に本起訴事件(原判示第一の事実)を受理するや、年末、年始の期間をその間に挾みながらも、第一回公判期日をその一か月後の平成四年一月七日に開き、更に二月一三日に提起された第一次追起訴事件(同第二ないし第四の事実)については、その五日後である同月一八日に第二回期日を開いて、それぞれ証拠調べを了しているのであつて、きわめて迅速に審理を進めており、その後、三月三一日に現金約一、〇〇五万円の窃取事案である第二次追起訴事件(行為地を豊橋市とする同第五の事実)が、科刑の関係から、宇都宮地裁に提起されたため、右の本起訴及び追起訴事件もそれとの関連事件として、四月三日の審判の併合決定により同地裁に移審し、以後、同地裁は五月一日に第三回公判期日を開いてこれらの事件についての審理を行い、更に、同月二一日の第三次追起訴事件(行為地を会津若松市とする同第六の事実)の受理をまつて、直ちに六月五日に第四回公判を開き証拠調べを終えて結審し、同月二二日の第五回公判期日に本起訴及び各追起訴の全事件について判決を言い渡しているのであつて、この経過からすれば、この間の簡裁及び地裁の審理には、何らの遅滞もなかつたものと認めるのが相当である。また、司法警察員作成の平成四年四月三〇日付捜査報告書、被告人の司法警察員に対する同日付供述調書及び原審公判廷における供述並びに勾留に関する処分記録、その他の関係証拠によれば、そのほとんどは、結局、起訴されるに至らなかつたものの、前記の審理期間中、被告人において、行為地が秋田、福島、会津若松、郡山、前橋、高崎、静岡、浜松、名古屋、豊橋、富山などと遠隔地を含む東北、関東、中部地方にまたがる八十数件に及ぶ窃盗余罪を自供するに至つたため、その真偽を確認し、追起訴の要否を判断するため、被告人の身柄を秋田警察署、盛岡西警察署や浜松中央警察署、静岡中央警察署の各留置場に移監して引当たり捜査を実施するなど、被害者の割出し、各種照会、引当たり等、相当の負担を伴う裏付け捜査を余儀なくされ、これらにかなりの日数を要していること、そして、これらの捜査の終結をまつて、前記の最終起訴に至つたことが窺われるのであつて、前示の諸事実に、これらの事情を総合して考察すると、本件の審理には相当の日数を必要としたことは明らかであり、そのため未決勾留も必然的に長期化したものと認められるのである。したがつて、原審の未決勾留日数の不算入の措置をあながち不当とまではいうことができない。

(早川 小田部 仙波)

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